デザイン教育から考えるリーダーシップ 〜AI時代のデザイン教育論〜

AIの進化とともに社会の前提が大きく揺らぐ今、あらためて問われているのは「リーダーシップ」のあり方です。かつては強い発信力や決断力がリーダーの条件とされてきましたが、多様な価値観が交差する時代においては、人と人の間に立ち、対話を重ねながら方向性を示す力がより重要になっています。本記事では、デザイン教育の現場を手がかりに、これからの時代に求められるリーダー像を探ります。起業志向の高まりやキャリア観の変化、AIとの向き合い方を通して見えてくるのは、スキルを超えた「意思」を核とするリーダーシップの姿。教育はその資質をどのように育もうとしているのか?芝浦工業大学デザイン工学部デザイン工学科教授の繁里光宏氏にお話を伺いました。

繁里 光宏 氏
芝浦工業大学デザイン工学部 デザイン工学科 教授

千葉大学工学部工業意匠学科卒業。卒業後はオリンパス光学工業に入社。精密機器デザインのプロダクトデザイナーとしてキャリアをスタートさせる。その後韓国サムスン電子においてグローバル向けのテレビや家電商品のデザインを担当。グローバル向け家電をデザインする際のユーザー調査において、文化の違いによるユーザーの多様性に数多くふれ、興味がより人の行動や認識全体に及ぶようになり、アメリカに拠点を置くZiba Designにおいてブランドメイキングやデザインリサーチなど活動領域を広げる。現在は芝浦工業大学のデザインプロセス研究室として、企業との産学協業活動や地方自治体との地方創生活動に力を入れる一方、株式会社カモネギとしてブランディングやパッケージデザインなどの活動を展開する。

芝浦工業大学デザイン工学部デザイン工学科では、事業創造や起業の教育にも力を入れておられます。昨今のデザイン工学分野における学生さんたちのキャリア意識はどのようなものなのでしょうか?

近年、大学だけではなく、小学校や中学校からの起業家教育が盛んになっている中で、大学でも起業家教育に関するプログラム、イベントなどが増えています。

今は売り手市場と言われ学生たちはただ就職するだけならば困らない時代ですが、そんな中、起業に関心を持つ若者が増えているのは良いことだと思います。若者たちの就職に対する意識が少し変わってきたのではないかと考えています。

デザイン工学の観点で言えば、昔はデザイナーになりたいというモチベーションでデザインを学ぶ人が一般的でしたが、昨今は起業家になるということも含め、キャリアの中でデザインを生かしたいと考える若者が増えているのではないかと思います。

物理的なデザインだけではなくサービスデザイン、UXデザインなど、広義な意味でのデザイナーの育成に力を入れておられますが、どのような狙いがあるのでしょうか?

ご存知のようにかつては見た目を整える、使いやすくするといったデザインの定義が、最近ではより広く、目の前にある問題を解決する手段そのものをデザインと定義することが確立されたようなところがあります。

私はデザインを、人と人の接点にあるものだと考えています。例えばメーカーとユーザーの間、医者と患者の間、作る人と使う人、その間に立ち、一緒に問題解決に挑む人をデザイナーと定義できるのではないかと考えています。

そういう意味では起業家もデザイナーですね。作る人、出資する人、消費者など様々なサポーター、ステークホルダーがいて、そこのハブとしてのデザイナーの資質が起業家にも求められるものだと思います。

デザインの定義が広義になるほど、教育・授業として現場でインプットしていくのは難しい側面もあるのではないかと思います。

広義のデザイン教育をしていくために、様々な観点でデザイン教育ができる専門家を教師として揃えなければなりません。様々な領域の専門家がそれぞれの観点や言葉でデザインを教える時に、私が伝えているデザインと、各先生が伝えるデザインの意味が違ってきます。広い視野でデザインを捉え、それぞれの視点でのデザインを理解することを、学生に意識してもらわなければなりません。

その際に、学生たちのキャリア、進みたい方向はそれぞれであり、そこに必要な知識や考え方も変わってきます。 先日御社大長さんに授業をしていただきました。当初は「デザイン経営」について教えていただきたいという期待から始まりました。私たちの世代では、デザイナーとしての教育を受けて、その後にデザイン経営を学んでいくことが多かったですが、やりたいことを突き詰めていく中でデザインと出会ってこられた大長さんの経験が、学生たちのこれからのキャリアの切り口として生かされていくのではないかという期待があります。

やりたいことを突き詰めていく人材に求められる素養として、「リーダーシップ」があると思います。学生さんたちを見ていて、どのように感じていらっしゃいますか?

海外の学生たちとの共同プロジェクトを行う際に、遠慮の文化が強く出ていることを感じます。学生たちはそれぞれしっかりと考えや想いは持っていますが、多くの学生はそれを主張することが得意ではありません。語学力に対するコンプレックスもまた、遠慮してしまう要因になります。ここでグイグイと出ていくような学生が増えてほしいと思っています。

一方で、その際に私が学生たちに対してよく感じることが、「聞き上手」であることです。また、全体の調和をとることに長けているとも感じます。意見を主張することは得意ではないですが、「あなたはこう思うんだね」「あなたはこう言ったね」といった調整をとるところで能力を発揮する学生が多いように見受けられます。

「リーダーシップ」と、「調整力」はある種相反する概念のようなイメージがありますが、これらをスキルとして両立させることは可能なのでしょうか?

「調整役としてのリーダーシップ」があると考えています。意志を持ってプロジェクトをコントロールしている人と、単純にプロジェクトを回している人では大きな違いがあります。

昔はディベートの授業などがありましたが、昨今の教育では対立を是としない雰囲気もあり、またワークショップなどでは相手を否定しないことが前提となっていることなど、対立よりも協調作業に慣れている中、積極的に意見を言えない若者が増えている側面もあると思います。

ただ、前述のように、日本の若者は他人の意見を聞いて立ち回ることに長けていることが多いので、様々な関係者の意見を取り入れながら意志を持って活動していくことで、リーダーシップにつながっていくのではないかと思います。

何より、意思の源泉となるパッションを強く持ってデザインに向き合ってほしいということを、学生たちにも強く伝えています。

以前繁里先生から、「巻き込み力」の必要性についてお話いただきました。これはリーダーシップの資質として重要な要素だと思いますが、どのようにすれば「巻き込み力」を体得できるのでしょうか?

学生たちの自主性に任せたグループワークをやると、いかに効率よく、時間をかけずにタスクをこなすかといったいわゆる”タイパ”に走ってしまう傾向があります。そうすると、アウトプットも平凡なものになってしまいます。自主性や巻き込み力を育てることが目的であったのに、意図しない結果になってしまうことがあります。

では、自主性と巻き込み力の源泉は何なのか?と考えると、それは「こだわり力」ではないかと思います。「時間をかけてでもやりたい」と思えるような、こだわりの精神、ものづくり精神ですね。この「こだわり力」が、リーダーシップと巻き込み力を持ってプロジェクトを進めていくために必要な素養ではないかと考えています。

特に最近はソフトの時代になり、「モノからコトへ」といったような潮流の中で、人々の生活やお金の使い方が変わり、効率を重視するうちに細部へのこだわりの良さが薄れているところがあると思います。

デザインによって何かを創造する時、人によっては答えが出なかったり、長い間悩み続ける人もいますが、そこにデザインの大切さがあり、学生の時期にその時間を大切にしてほしいと思っています。

そしてこだわり力を持つ、世間ではある種変わり者と言われているような若者を大切にしたいです。何か尖った個性があって、周りに助けられるような人。そしてそういう尖った若者を見守る大人、組織の存在が不可欠であると考えています。

こだわり、意志を持って活動することが重要であると改めて感じます。その中で昨今デザインの教育においても大きな役割を担うようになってきたAIについて、繁里先生はどのように考えていらっしゃいますか?

多くの人が理解しているように、すでに、AIを使わないという選択肢はなく、どう付き合っていくか?という中で、学生の中にAIをツールとして活用するというよりも、アウトプットの多くをAIに任せてそこから選ぶというような使い方をする学生が増えてきていることを感じています。しかし、AIに候補を出させて選ぶ、ということはもはやデザイナーの仕事ではありません。

例えば、自分の作りたいものを追求していく過程で3D CADでの図面の作成をAIにサポートしてもらうとか、アイデアスケッチをAIと壁打ちしながら描いていく中で、ひらめきを得るとか、粘土をこねる手のようにAIと対話をしながら作っていく、このプロセスが重要です。

AIに案を出させて選ぶ、正解を出させるということではなく、良いインスピレーションを獲得する道具としてAIを活用してもらいたいと思っています。

そのうえでも、先ほどの繁里先生のお話にあったリーダーシップ、こだわり力、つまりWillが重要になってくるのではないかと思いました。

その通りです。自分はどういうものを作りたいのか?誰に届けたいのか?その意思の土台がしっかりとなければ、結局は誰が作っても同じものになってしまいます。

先ほどお話しした、人と人を繋げるデザインという観点から考えても、そこには複雑な要素があり、すべてをAIに任せるということはできないはずなんです。
それでも世の中はうまく回っていくとは思います。ただ、プロジェクトの上流に行けばいくほど、AIにはできない、人間にしかできない対話、人間にしか出せない価値、本質があると思っています。そこにはリーダーの意思が不可欠であり、これを大切にしてもらいたいです。

民間企業、デザインファーム、教育者として国内外さまざまな立場で活動されてこられた経験、そして普段学生さんたちと接している中で感じていらっしゃることも含め、繁里先生の展望、そして日本の若者たちに伝えたいことについて教えてください。

世の中の動きが早すぎる中で、私自身も常に思考をアップデートしようと努力しています。今日お話ししたことが、来年には変わっているかもしれません。

今私が強く思うことは、「手を動かす」ことをしてほしい、ということです。
世の中で認識されるデザインの定義が広義になっていくほどに、デザイナーに求められるスキルとされるものが多様化し、いつしかデザイナーは昔とは違い、絵は描けなくても良い、というように捉えられるようになったところがあります。

けれど、絵を描けなくても「絵を描く時の気持ち」を持ち続けることは、いつの時代にもとても大切なことだと思っています。例え不器用であっても、道具の使い方に慣れていなくても、ものを作る時の感覚、集中力、こだわり、その感性を持ち続けること。出来はどうでも良いんです。ゼロから何かを生み出すということは、頭で考えること、知識だけではないということを伝えていきたいです。

私はデザイナーとして30年活動していますが、常に楽しい仕事だと感じています。お客さんや仲間、さまざまなステークホルダーと対話をしながら仕事をしていくことは、とてもやりがいがあります。プライベートと仕事の区切りがなくなり、四六時中仕事に熱中することもあります。

この、「仕事であって仕事ではない感覚」を持つことが、幸せなことなのではないかと思っています。もちろん、生き方や働き方に正解はありませんが、そんなキャリアを歩んでいきたいと考える学生がいるのなら、学生のうちから楽しく活動している延長上で社会人になっても活躍できるということを伝えていきたいです。

そして、学生たちが興味のあることにどんどんチャレンジすることを、サポートしていきたいと思っています。

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