聖隷クリストファー高等学校の挑戦〜「地域発アントレプレナー教育」の未来図〜

不確実な未来を生き抜いていく上で求められる新たなスキル「アントレプレナーシップ」。正解のない問いに、学校教育現場も日々立ち向かっています。今回は、高校教育の現場で今まさに次世代人材育成/アントレプレナー教育に挑戦する、聖隷クリストファー高等学校のお取り組みと展望について、副校長の池本裕之氏にお話を伺いました。

聖隷クリストファー中・高等学校 副校長 池本裕之氏

アントレプレナー教育の現在地

聖隷クリストファー高等学校で新設されたアントレプレナーシップ・クラスは、静岡県内でも大きく注目されていますが、改めてアントレプレナーシップ・クラスの発足背景と、貴校におけるアントレプレナーシップの定義について教えてください。             

変動制、不確実性、複雑性、曖昧性の高い、正解のないVUCAの時代に対応できる人を育てることは大きな課題であり、その基礎力を身につけてもらいたいということが背景にあります。 

日本を含め、世界はどんどん変化している、なおかつ過去において100年で進化したものが今では2、3年で様変わりしていくあまりにも激しい変化の中で、さまざまな価値観や考え方、物事に対する対応の仕方が大きく変わり、明日何が起きるかわからない状況になっています。

テクノロジー、経済、グローバ化社会も大きく変化し、国家間の均衡も大きく変化してきています。さらに価値観も多様化していて、これまでの常識が通用しなくなったり、従来の考え方ややり方に違和感を感じる人たちも増えていると思います。こうした背景の中で、リーダーシップのあり方、求められるリーダー像も変わってきています。

日本に目を向けた場合、深刻な少子高齢化、労働人口の減少、雇用の質の変化といった国力の衰退に繋がる問題は深刻であり、これらを解決していく人材の育成の必要性が要視されています。また、地方が抱える情報格差や学習機会の格差の問題も、学校教育で解決していかなければなりません。

本校では、「急激な社会環境の変化を受容し、新たな価値を生み出すことができる精神や姿勢」をアントレプレナーと定義し、

①自律(自ら考え、判断し、決定する)
②対話(多様性を尊重し、対話を通して対立・ジレンマを解決する)
③創造(問題を解決するために、情報や技術を活用し、新たな価値を生み出す)

の3つの柱をコア・コンピテンシー(能力)と定め、自ら社会課題を見つけ、課題解決に向かってチャレンジしたり、他者との協働により解決策を探究したりすることができる知識・能力・態度を身につける教育に力を入れていきます。

これからの時代に求められる、自分・他者・社会のWell-beingを実現する担い手を育成していきます。

地域一体連携の必要性

貴校のアントレプレナー教育の方針の中に、「学校だけで完結させない地域一体連携」が大きく謳われているところが興味深いです。どのような”共創”のあり方を目指していますか?

遠州・浜松で本校が取り組む意義やメリットは多くあると考えています。地方都市ですので、東京や名古屋などの大都市と比較すると、やはり得られる情報や学習の機会は多くはありません。

一方で、浜松は、産業のバランスが良く、大企業、中小企業ともに製造業を中心として優良企業が多いと考えています。また、浜松はイノベーティブマインドに富んだ人が多いエリアであるとも言われており、実際に地方都市の中でもスタートアップ企業が多いとも聞いています。                

そういった意味で、地域の企業や公的機関とも連携しながら、あらゆるものを教材として学び、この地域に生まれ育った子どもたちがこの土地で自分たちの願いや思いを実現させていくような仕組み、学びの場の構築を目指しています。

時代のニーズを受け、より良い未来を創造し、その時代に生きる力を身につける教育は、従来学校が得意とするところではありませんが、実社会との繋がりの中で机上の議論ではない取り組みを通して、学習機会を増やしていくことが、文部科学省が提唱する「開かれた教育課程」にも深くつながるところであると考えています。

すでにいくつかの企業の方々からのご協力の意向をいただいていますが、PBL演習(「プロジェクト型学習」、以下「PBL」)を通して学校が企業側にどのように貢献できるか、生徒がどこまでコミットしてくれるか、企業さんもメリットを享受していただくために、どのように連携できるか、進行させる中で調整、修正する必要があると考えています。

学校単体でできることはどうしても限られてしまいますので、地域の皆さんと協業しながら、将来的に、学校・企業・公共機関での教育のプラットフォーム、相互恩恵の共創の形を目指しています。

PBLの設計運用をどのように安定巡航化させていくかが、まさに学校の課題であるというお話もありました。その上で、公教育機関として満たす部分と、変動が許容される部分があると思います。ここはどう捉えていますか?

文部科学省の指定する学習指導要領の要件を満たすことは大前提の上で、大胆な授業設計をしていく必要がありますが、変動性が大きすぎず、小さすぎないところのバランスが重要であると考えています。

アントレプレナー教育は文系・理系関係なく行われることが理想的ではありますが、まずは門戸を広げるというところで、普通科文系の授業に取り入れるということをファーストステップに置きました。

授業に関しては、基礎学力の向上を阻害することなく、従来にありがちな一方向型、知識暗記型の授業からの脱却を工夫していく必要があります。最初の試みとしては、PBLを授業の枠にきっちり収めようとせず、課外活動・部活動の枠も活用しながら、段階的に進めていこうと考えています。 

教員としてのアントレプレナーシップ

新しい教育体制をつくっていくのは大変なことだと思います。貴校は、学校運営そのものを学びながら改良していく姿勢をお持ちだと感じました。

やはり内部の関係者の理解や協力を得ることが、とても重要であり、同時に難しいところだと感じています。いま求められているのは、従来の学校の価値観に縛られず、現代の時代にアップデートした教育へとどう変わっていくか、ということです。

私は普段、中高生を見ていて、どうしても“指示待ち”になってしまっている子が多いと感じます。日本全体が将来に不安を抱えている状況もあって、「日本はもう危ないのではないか」という気持ちと「まだ捨てたものじゃない」という気持ち、その両方があります。

でも、そんな時代だからこそ、やっぱり子どもたちには 自分の目で見て、感じて、考えて、判断する力 を身につけてほしいと思っています。受け身ではなく、自分で気づき、行動できるようになってほしい。これからの社会ではこれが本当に必要なことだと強く感じています。                        

そこでひとつの答えとして辿り着いたのが アントレプレナーシップ教育でした。しかし学校の中では、それが従来の価値観に反する部分もあり、すぐには受け入れられないことも多いです。何かを提案して理解してもらい、推進していくプロセスは、まさに起業とほとんど同じだと感じています。

実際、最初は賛同者も1、2人しかいませんでした。その中で場を少しずつ広げ、「現実的に実行できる」ということを示し、さらに「いまの社会はこうなっている」という情報を伝え、外部の方々の視点を共有することで、問題提起を重ねています。

今こそ学校教育が変わらなければいけない、そう問い続け、活動の輪を広げていきます。

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